『ユリス』一章

 えーと。ゲルハルト・パンネンシュティールと名乗る男がいる。容貌怪異、年令不詳。若くはないが、不詳。ずいぶん以前から不詳だった。三十年前と、ほんの数日前の印象はほとんど同じ。

 ほんの数日前、正確には六日前、死んでしまった。写真も肖像画もないゲルハルト・パンネンシュティールの確かな姿を思い出させるものは何もない。生きていたとき、他人の目に触れる可能性のあるときは必ず身につけていた帽子と衣服が今も書斎の帽子掛けにぶら下りはしているものの、主を失ってみればそれはただ、古びた布の集合体に過ぎず、それらを纏った中身であるゲルハルト・パンネンシュティールを思い起こす材料にはならない。そもそもゲルハルト・パンネンシュティールをしげしげと観察しようというような粋狂な者もいなかったから、容貌怪異、たったそれだけ。あまりにも人付き合いを無視して生きていたし、彼我の感情をややこしく絡み合わせて会話をした相手も、おそらくは皆無であったろうし、それで他人の記憶にどっしりと印象の根を下ろすこともなかったのだ。 だが、本当だろうか。本当に死んだのだろうか? そそくさと埋葬された今となっては、ゲルハルト・パンネンシュティールなんて男が本当に生きていたのかどうかすら怪しまれてくるではないか。

 いや、その前に、本当にゲルハルト・パンネンシュティールと名乗っていたかどうか? この男が「俺の名はゲルハルト・パンネンシュティールである」と言うのを耳にした人物はいるのか?

 だがここに、手紙がある。しかも、大量にある。書いたのはゲルハルト・パンネンシュティール。そう署名がされてある。数千通はあろうか、四つの木箱に仕舞われた手紙には、封筒の右肩に乱暴な鉛筆書きで古い順に番号が振られてある。

 その一通目は、こんなふうに始まっている。

 〈輝くユリスよ、ユリスよユリス。おまえの本当の名はユリスというのだ。ゲルハルト・パンネンシュティールが確かに俺の名であるのと同じくらいに、それは確かなことなのだ。おまえに相応しからぬ父と母を捨て、その父と母が付けたくだらぬ名前も捨て、俺の処へ来るがいい。〉

 実に、どうも、傲慢な書きっぷりではないか。


 ところで、今、山の斜面を登ってゆく男がいる。潅木と雑草の生い茂る道なき道を、ゆっくりとではあるが安定した足運びで登ってゆく。

 ずんぐりした両腕に大振りの笊を捧げ持っている。見事に美しい編み目の大笊だ。笊にはさらに見事な種々の野菜が盛られている。野菜どもは真夏の太陽を受けて艶やかに照り輝いている。が、この男の顔こそは太陽そのもの。わずかな曇りも翳りもない。どちらかといえば小柄なしっかりした造りの体に、大きくて立派な顔が乗っている。美しい顔、というわけではない。立派な顔なのだ。

 名を虎松という。この辺りでは最も大きな農家の当主なのだが、偉ぶったところや厳しさはない。大勢の家族のほとんどが優秀な働き手であるために、虎松自身はやや暢気すぎる性質に留まっていることができるのだ。

 優秀な家族たちが丹精した作物のなかから選りすぐって立派なものを、こうして大笊に盛り上げて、週に一度か十日に一度《斜面の家》へ届ける。これは、親子二代に亘って続けてきた習慣なのである。

 山の斜面になかばめり込むように建つその家は、八十年かそこら増えも減りもせずに点在する九十戸ほどの集落からさらに離れて存在し、集落から延びてくる村道はこの家の下をしばらく通り過ぎたあたりで曖昧なはにかみを残して消えている。

 斜面の半ばで、虎松はふと立ち止まる。音か、何かの気配を感じたのだろう、ごくゆっくりと振り返り、下を通る村道に目を凝らす。
「あらヨ、歩いてるひとがいるヨ」と特徴的に朗らかな声で言う。

 何者かが物凄い勢いで歩いているのが見えたのだ。走っているのではない、あくまで歩いているのだ、白い棒状の何かを滅茶苦茶に振り回しながら。

 虎松はもっとよく見ようとするが、潅木の枝や葉に視界を遮られて思うようにならない。立派な顔を少し傾げて、「でもヨ、おかしなことだヨ」と、やはり朗らかな声で言う。滅多に人の来ないこんなところを歩いているのは誰なのだろう。どこへ行こうというのだろう。あんな勢いで歩いていたら、間もなく道の途切れたところに行き着いて途方に暮れるに違いない。村の者なら誰でも知っていることだけれど――とすると、あれはいったい誰なのだろう。

 だが、虎松は詮索好きというわけでもなかったし、物事をあまり深く考える質でもなかったから、再び斜面を登りはじめる。

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