『ユリス』十四章

 〈俺たちは地獄を彷徨っている。不毛の荒野とはまた別の地獄だ。豊かであり複雑であり、それゆえに地獄なのだ、密林というものは。〉

 ずっと下流に流されながらもどうにか対岸にたどり着いた日から、すでに四日が経過していた。三人と一匹はもとの集落をめざしていたが、密林を進むのは困難を極め、川を見失わずにいられることが奇蹟のようであった。

 〈人真似小猿はまったくの役立たずだ。この地で生れ育ったであろうに、この地で生きる術を知らぬ。優しくつっ突いて先を歩くよう促しても、奴は嬉しそうに俺をつっ突き返し、ただの阿呆のように、否、じっさい阿呆なのだが、俺の顔をぼんやり見返すばかりなのだ。奴は、俺が歩いた分だけ歩き、俺が口にしたものを口に入れる。あるとき、俺は吐き出したが奴はうっかり飲み込んでしまったことがあった。奴はその日じゅう下痢に悩まされていた。奴の本能が水先案内の役をつとめるだろうと期待した俺がばかを見た。奴が妙に人間くさいのは人間に育てられたせいにちがいない。育てた人間も相当な阿呆だったのだろう、甘ったるい砂糖菓子で奴の本能を台なしにしたのだから。
「どこかを目指す必要なんてないんじゃない?」おまえはすっかり元気になり、無邪気な微笑みを取り戻している。「だって、きれいな水もあるし、おいしい果物、めずらしい木の実、あなたがその気になれば濃い蜂蜜だって見つけられる。どうしてそんなに何処かを目指そうとするの?」
 引きちぎられ擦り切れてあるかなきかの服のあちこちに奇妙な花々を飾り、伸びるにまかせた髪の毛に服よりも大量の花を載せたおまえは、この美しい土地に相応しい巫山戯た女神のようだ。だが忘れてはならぬ、おまえがそうして美しく健康でいられるのは俺がいてこそなのだぞ。後ろを見よ、レペンチスタを。その背に負うたガラクタ袋の内容と同等にガラクタな望みを俺に託し、ああして従順についてくる。なぜなら奴にはよくわかっているからだ、人真似小猿よりずっとましな俺の本能が、さまざまな危険からおまえたちを守り、口にすべき食べ物を慎重に選んでいることを。
「それはそう。あたしたちはあなたなしでは生きていかれない。でも、あなたは一緒にいるのだし、三日前にあたしが差し伸べた右手を、あなたは左手で握りしめ、寝る間も放さぬ情熱で握り続けているのだから、あたしたちはもう離ればなれになる気づかいはないでしょう? あたしは最高に幸せ」
 ふむ。それならいらぬ口出しはせぬことだ、わが妻よ。俺はあの日見た小さく貧しげな集落を目指すのだ。あの日見た頼りない煙の下には必ずや人間が、それがどんな阿呆であれ、人間がいるはずだ。その阿呆が俺たちにツツカルへの道を示すであろう。そして、あの日見た青いトラックの尻を忘れることができようか。俺の目の奥には染みるほどに青い色が焼きついている。俺は必要なもの一切合財を荷台に放り込み、おまえを助手席に乗せてアクセルを踏

 ハンスはユリスの考え方に賛成だった。きれいな水、おいしい果物、めずらしい木の実があればここで幸せに生きてゆける。あえて困難を求めるような前進にどんな意味があるというのか? それにゲルハルトさんが、トラックを、運転?
「ねえ、塚本さんが自動車の免許なしでトラクターを上手に運転することは、ぼくよく知ってます。この目で見ましたから。でも、ゲルハルトさんが自動車の免許なしで……」トラックを上手に運転するとは考えられないのです、と言おうとしたのに、ハンスは地面に転がり落ちた。膝枕をしてくれていた塚本ヤスエが急に立ち上がったからなのだった。
「しまった! きょうは幾んちだっけ?」地べたのハンスを見下ろして塚本ヤスエが叫んだ。
「岸にあがって四日目です、たしか」地べたのハンスは寝転んだまま答えた。
「そうじゃない! きょうだよ、きょう。きょう!」地団駄を踏み、塚本ヤスエはそのまま駆け出した。
 ハンスは木箱に這いあがり、手紙の続きを読んだ。塚本ヤスエの奇矯な振る舞いにいちいち驚いて中断していたら永久にこの作業は終わらない。

 〈それにしても、おまえたちの貪欲な胃袋には呆れ果てる。見ろ、今もレペンチスタと人真似小猿は首を傾げて足元を見つめているが、あれは何か発見したのだ。物欲しそうに指をくわえ、横目でちらちら俺の顔を窺っているではないか。いつもそうだ。食べられるかどうか俺に検分してもらいたいのだ。しかたがない。俺は数歩戻って奴らの足元にしゃがみ込む。下生えの中にひっそりと奇妙なものが生えてる。奇妙なもの、例えて言えば、饅頭のような。これが本当の饅頭なら六人前はあるだろう。白くて、ふかふかしてうまそうだ。いかにも食べてほしいというような存在のしかただ。厭な匂いもない。大自然の罠であろうか? 俺は右手でそっと持ち上げる。根はない。茎も葉もない。植物らしくはない。かといって動物のようでもない。俺はその魅力的な表面を左手でなぜてみる。なんだって? 左手だって? 俺の左手はおまえの右手を握りしめていたはずではなかったか? ああ、どうしたことだ、俺の左手のなかに、おまえの小さな右手はない! 俺は奇妙な白いものを取り落とし、立ち上がって辺りを見回す。だが、見回すまでもないことは俺の動物的勘がよく知っている。おまえはすでにこの辺りにはいない。ユリスよ、おまえは行方不明になったのだ。〉

 ハンスは跳ね起き、木箱の上に立ち上がった。駆けてゆく塚本ヤスエの姿は、遠く小さく、消えようとしていた。不意に涙がこぼれ、ああ、ほんとうにぼくひとりになってしまったんですね、ぼくひとりで行方不明のあなたを捜すんですね、と詠嘆した。小声でつぶやいたつもりだったのに、それは奇妙に大きく聞こえた。静かだったのだ。騒々しい伴奏者としてずっとつき合ってくれていたナポリタン・カルテットは近ごろあまり姿を見せなかった。トラクターの楽器用に割り当てられていた場所には何も乗っていなかった。トラクターは空っぽだった。ほんとうにひとりぽっちになったのだと実感し、さらに涙があふれた。トラクターの荷台から適当なロープを引っ張り出し、ベンチ代わりにしていたニ個の木箱のうち一個を不器用に縛った。読み残した手紙は木箱の三分の二ほどだった。余ったロープで背負い子を拵え、よろけながら背負った。

 止まらない涙の理由についてあれこれ考えながら、頼りなく歩いていった。これほど悲しいのは、ぼくひとりで塚本さんを捜す場合の困難を予想したからではない、と気がついた。これほど悲しいのは、予告通りに行方不明になった塚本さんへの憐憫が我が胸に溢れているからなのだと気がついた。憐憫はややもすると愛情に傾きそうであったから、ぐいと踏み止まった。行方不明の塚本さんを捜し出すのに必要なのは愛情ではなく、冷静さと知恵なのだから、と。それにしても涙はとどまることを知らない様子でひどく視界が悪かったから、向うから突進してくる赤くてぼんやりしたものを避けそこなうところであった。

「でも、これじゃあナポリタンて感じじゃないよね」
 蜻蜒淵が言った。
 この数日、四人は桃の里集会所の音楽室で多くの時間を過ごしていた。
「気に入らないの?」と尾花。
「そうでもない。かなり気に入ってはいるよ」当惑気味の蜻蜒淵はこっそり局長の顔を盗み見た。
「のりのり」と局長は言い、虎松を見た。
「おれらがやればナポリタン」と虎松は断言し、熱い眼差しを尾花に注いだ。
「じゃあおれも、のりのり」蜻蜒淵は笑顔を爆発させ、ついでに派手なイントロを弾き出した。ィヤッホーと歓声をあげて尾花が続いた。ちっともナポリタンでないその曲は、尾花がふた晩も徹夜して創ったもの。あの日、沙汰達人に出番だぜと耳元でそそのかされて、気合いを込めて創ったのだった。練習の過程で、歌詞の数箇所に局長が手を入れ、伴奏には蜻蜒淵が若干の変更を試みた。虎松はやみくもに歌い、命を吹き込み続けた。『誕生日おめでとう、塚本ヤスエさん』と名づけられたその曲は、誰ひとり自覚していなかったけれど、ナポリタン・カルテット初のオリジナル曲なのであった。


 その塚本ヤスエは、塚本家の座敷で怒りに青ざめていた。
 大慌てで駆け戻ってみれば、父も母もいないではないか。どころか、なんの気配もないではないか。何か新しい趣向なのかもしれないと二時間ばかりも待ってみたけれど、なんの変化もないではないか。こんなこと、いままでにあったろうか? ない。三十数年、こんなことがあったろうか? 絶対に、ない。
「忘れたんだ」と口に出し、その意味するところの悲しさに気絶しそうになった。当人が危うく忘れかけていたことは棚にあげて、「忘れたんだ、ちきしょう!」と叫ぶことで辛うじて気絶を免れた。免れはしたが、惨めさはいっそう募った。胸と腹とスカートのあちこちが乾いた土で汚れているのも情けなかった。今し方、家にたどり着く直前に、入口から出てくるサッちゃんを見て反射的に地面に伏せたとき汚れたのだ。何遮るものとてない場所で蜥蜴の如く身を伏せたのだ。運良くサッちゃんに見られずにすんだのは奇蹟だった。ほんの数メートル先に妹が平たくなっているのに気がつきもせず「おかしいわね、いないなんて」とつぶやき、音もなく引戸を閉めて立ち去った、あれは姉ではないのか? いや、姉でなくとも、姉のようなものではあるはず。なぜ、こんな不自然なやり方で身を隠すのか? 自分の誕生祝いに姉が同席するのを許せないのか? 嫉妬なのか? 塚本ヤスエは乾いた土に頬を擦りつけて赤面した。ひどく恥ずかしかった。赤い軽四輪が発進する音が地面を伝わってきた。しばらく待ってから悄然と起き上がり、姉が閉めたときと同じくらい静かに引戸を開けたのだった。だが、そこには誕生会の欠片もなかった。
「忘れたんだ!」もう一度、激しく吐き出した。

 もはやここにはいられない、こんな悲しい場所には! 傷つき倒れるその前に、抜け出さなければ! 走り出た。物凄い勢いで引戸を開けた。いつもより派手な音がしたものだから、ばさりというくぐもった音など耳に入らず、そのまま物凄い勢いで駆け出した。無人となった家の座敷の鴨居から白い垂れ幕が下がっていた。『ヤッちゃん、誕生日おめでとう! 斜面の家で、待ってるよ! 父と母』と書かれたそれは、むろん一人娘を誕生祝いの会場に導くためのものであった。娘が引戸を開けるときの乱暴さ加減を考慮して仕掛けられていたのだった。まさか、静かに開けることがあろうとは、思いもよらぬことなのだった。


 沙汰砂子は赤い軽四輪を急停車させた。
 ぼんやりした若者にぶつけてしまうところであった。
「ヤッちゃんしらない?」謝るかわりに、そう訊いた。
「はい? ヤッちゃん?」
 涙と土埃でまだらに汚れた顔を恥じる様子もなく、若者は鷹揚に訊き返した。
「ヤッちゃんよ。あっちの川っぷちで、いつもあんたと一緒にいる女の人」
「ああ。たったいま、行方不明になりました」
 我が耳を疑ったが、見たところ若者は至極まじめな表情であったから、信じることにした。
「そう。行方不明なのね」
「はい。ぼくはこれから捜しにいかなくちゃならないので、失礼します」
 若者はそう言って悲しげなお辞儀をし、しょんぼり歩き出した。大きな木箱を背負っているのが異様ではあったが、極めて正常で礼儀正しいとの印象を受け、沙汰砂子は静かに赤い軽四輪を発進させた。そうか、行方不明になったのか。道理でどこにもいないはずだヤッちゃん。あのぼんやりな若者に捜し出せるだろうか? 無理にきまってる。わたしが自動車を駆使して捜しても見つからないんだもの無理にきまってる。しょうがないわ。
 赤い軽四輪は思いついたみたいに左折し、細いだらだら坂を下って行った。ねぐらにしている四色畑の小屋へゆく道なのであった。

 〈お前がいなくなってまる二日、俺は闇雲に歩き回っている。手がかり一つ残さず消えたお前を捜すのに、他に方法があろうか。お前は小さな悲鳴一つかすかな呟き一つ残さずに消えた。なぜだ? 何がお前の身に起ったのだ? 皆目解らぬ。俺に残された手段は愛だけだ。頭上に愛を灯し、捜すのだ。だが愛は焦燥を煽り、俺はいよいよ密林の奥深く迷い込む。道なき道を盲滅法歩き回ったためにすでに川を見失い、方角すらつかめなくなっている。
 もちろん俺はひとりではない。すぐ後ろをレペンチスタがついてくる。だが、役立たずという点でレペンチスタも人真似小猿と同等なのだ。彼の肩では人真似小猿が居眠りをしている。〉

 ハンスは猛然と読んでいた。
 三畳の小部屋はそろそろ陽も陰り、電燈を点けたほうがよさそうだったが、ハンスは無論、電気も何もない密林をゲルハルトと共に彷徨っているのだった。

 窓は閉じられたままであった。開ければ小暗い夕暮れに、たくさんの小さな灯が明滅するのを見たかもしれない。呼びかけあう人々の声を聞いたかもしれない。が、ハンスは無論、窓を開けるなど考えもしなかった。ユリスを捜さなくちゃ、塚本さんを捜さなくちゃ――


 斜面の家への道なき道はめずらしく賑わっていた。
 足を滑らせて滑稽な叫びをあげる者、それを指差して笑う者、潅木の刺で一張羅にかぎ裂きをこしらえて舌打ちする者、まだ夜には間があったが懐中電灯の明りが交叉し、互いに顔を照らし合い、挨拶が交わされた。挨拶を交わすにはあまり適当な場所ではなかったにもかかわらず挨拶は交わされた。
「おや、あんたもですかな?」
「まあ、近間に暮らしていながらお久しゅう」
「なにがあるのか知らないが楽しみなこってすな」
 彼らはとても浮かれていた。招待された場所が斜面の家というのは少々解せなかったものの、招待されたことにかわりはない。何に招待されたのかなど少しも問題ではない。
 彼らは皆申し合わせたように懐中電灯を携行していた。それは帰り道の足元の用心のためであった。しかし、今、彼らは懐中電灯を楽しんでいた。いくらか謎めいたところのある招待を受ける気分にぴったりだった。


 〈お前を失った俺にとって、密林はなおいっそう残酷で複雑な迷宮だ。お前がいるときは気づかなかった異様な静寂。まるで密林そのものが息をひそめて俺を見張っているようだ。かと思えば頭上で唐突に叫ぶ声がする。声は連鎖し、あたりに数百種類の叫びが充満する。耳を覆いたくなるほどの騒々しさが、ただうるさいだけではない、鳥や獣や虫たちが一斉に俺を嘲笑うのだ。
 俺はいつになく被害妄想的ではないか? お前の不在が俺の精神を蝕んでいるのだろうか? だが、蝕まれたのは精神だけではない。
 俺の変貌を見よ、ユリス。逞しかった腕は細り、あらゆる困難を引き受けてびくともしなかった胸板は弱々しくしぼみ、力強く大地を踏みしめていた頑丈な脚も見る間に力と肉を失い、いじけた枯木のようではないか。眼ばかり愛と熱を帯びてお前の姿を捜し求め、俺は老人のようによろめきながら歩いている。たった二日お前と離れただけでこの体たらくだ。俺の命の糧はお前であった。
 較べてレペンチスタと人真似小猿の満ち足りた顔つきはどうだ。二日前に俺が取り落とした白い奇妙なものを人真似小猿が拾い、まる一日は大事そうに抱えて歩いていたが、きのうのこと、俺の許しも得ずにこっそり口に入れたのだ。俺は知っている。レペンチスタも誘惑に負けて手を出した。結局、やつらはぺろりと平らげた。俺が気づいていないと思っているようだが、そうはいかない。今のところやつらに異変は起きていない。人真似小猿はレペンチスタの肩につかまって幸福そうに眠っており、レペンチスタはときどき思い出したように満足げな笑みを零し、あわてて頬を引きしめなどして歩いている。よほど美味であったにちがいない。しかし一方で彼は俺の横顔を盗み見て不安に顔を曇らせることもある。彼の情熱の目的地であるツツカルの村へたどり着くことが出来るかどうか心配なのだろう。
 だが、ああ、ユリスよ、お前なしでツツカルの村へ行って何の意味があろう。俺の胸で熱く滾っていたツツカルへの思いはすでに消え去り、今はお前を捜すことがすべてなのだ。ああ、お前なしでツツカルの村へ行って何の意味があろう。だが、密林にとらわれているうちはお前を捜し出すことは出来まい。こうしているうちにも刻一刻、お前が遠ざかっている気がしてならない。おそらくお前はもう密林にはいまい。
 お前をこの手に取り戻すに必要なのは愛ではない、冷静さと知恵だ。まずはこの残酷かつ美しい黒緑の迷宮から脱出しなければならぬ。そしてあらゆる文明の利器を駆使し、情報を収集し、お前をこの手に取り戻すのだ。迅速にやらねばならぬ。俺の命の消耗を食い止めるためにも。
 そのためにはやはり青いトラックが必要だ。〉

 密林にはまり込んだハンスの耳にも、人々のはしゃぐ声が聞こえてきた。それにもう読み進むことができないほど暗かった。ようやく立ち上がり電燈を点けた。
 ユリスは、塚本さんは、もう密林にはいないのか? だったら密林を読み飛ばすというのはどうかしら?
 電燈を点けたついでに、窓を開けた。驚いて一歩跳び下がった。窓の外をたくさんの人が一列になって歩いていたのだ。人々は窓に向かって会釈をしながら通り過ぎて行った。なかには窓から三畳の小部屋を覗き込み、へぇ、と感心したように頷く者もいた。
 そういえば先刻からひっきりなしに勝手口を開ける音がしていたっけ。はしゃぎながら台所を通過してゆく声と足音も、そういえば。ふだんは物音ひとつしない二階からも、そういえば、大勢の人の気配がする。
 かなり興味を惹かれはしたがハンスはがんばって手紙に戻った。密林を読み飛ばすという魅力的なアイデアも我慢することにした。飛ばした箇所にどんなものが潜んでいるかわかったものではないからだ。なにしろ、書いてるのはゲルハルトさんなんだもの。

 〈その時、人真似小猿が目を覚し、レペンチスタの肩をするすると滑り降りた。と見るや小動物の敏捷性を遺憾なく発揮して走り出したではないか。だが、小猿が逃げただけのこと、かまうことはない。そもそも好きで連れていたわけでもない。俺はかまわず先を急ごうとした。しかし、間抜けなレペンチスタめ、オーイ待ってくれよぉなどと情けない声をあげて追いかけて行くではないか。いや、これも特にかまうことはない。俺はひとりでお前を捜しにゆくだけのこと……ああ、けれども、俺はそれほど不人情な人間ではなかった。俺もやつらの後を追った。どこまでも手のかかる連中だ。
 小猿は数時間後に見つかった。俺は半日も無駄にしたのだ。
 密林のなかにあって、そこだけ小さく禿げたような場所だった。久し振りに見る地面だったが、そこにはなにもなかった。
 小猿はぴょんぴょん飛び跳ねていた。
 俺は――正直に言おう――わずかだが期待を抱いていた。小猿の本能が突然蘇り、元いた集落に帰ろうとしているのではないかと。やつを追う俺の頭の中で青いトラックの幻影が執拗に明滅していたのは本当だ。それから、俺に有用な情報をもたらすであろう人間の存在も。だが、そこは別の場所であり、有用なもの、あるいは見るべきものは何もなかった。小猿は本当に阿呆だった。
 俺は怒りにまかせて空に叫んだ。いったいなんだというんだ! いったいここがなんだというんだ!
 背後で笑いを含んだ小さな声が言うのを聞いた。「ここはツツカルの村ですよ。ここはツツカルの、移動する村ですよ」
 俺は振り向きざまレペンチスタの胸ぐらをひっつかんだ。ツツカルの村だと? 熱にうかされて夢でも見たか? それとも俺を馬鹿にするのか?
 レペンチスタは苦しげに頭を振った。「わたしじゃありません。喋ったのは、わたしじゃありません」
 彼の横目の視線をたどってみると、人真似小猿が首を傾げて俺を見ていた。「ここはツツカルの村ですよ。ここはツツカルの、移動する村ですよ」再び小猿はそう言った。〉

 控え目に扉を叩く音がして、それから蛇の目氏が顔を覗かせた。
「ねえ、ちょっと二階に来ない? おいしい料理がたくさんあるよ」
「いいえ、結構」ハンスは即座に断った。そんな気分じゃなかった。二階の賑わいに対する興味はほとんど失われていた。なぜなら――

 〈レペンチスタの胸ぐらをつかんだまま、人真似小猿を睨み、俺は言った。
「そうかそうか。おまえ、言葉を知っているのなら、名をやろう。たった今からおまえの名はハンスというのだ。俺の名はゲルハルト・パンネンシュティールだが、おまえはハンス、ただのハンスだ」〉


 塚本夫妻は知り合いの家を三軒廻って必要なものを整えた。昨晩から着たきりの泥だらけになった寝巻きも脱ぎ、借り着で身支度をした。
 訪問を受けた家の者は、夫妻のただならぬ様子に驚きはしたものの、要求されたものを黙って提供し、余計な質問はひとつもしなかった。彼らもまた、斜面の家への招待を受けており、一刻も早く出かけたいと気が急いていたからだった。
 塚本夫妻は手を取り合って斜面の家への道を歩いていった。
 ふたりを追い越してゆく人々のなかには、振り返って声をかける者もあった。
「おや塚本さん、あんたらも招待されたんだね?」
「いんや、おれたちはそうでない」塚本・父は常にない重々しさで答えた。


 二日がかりで飾りつけを施された二階部分は見事な変貌を遂げていた。
 金銀と五色のモールもチリ紙の花も渾然一体となって成果を上げていたが、紙製の万国旗の馬鹿馬鹿しい効果はさらに絶大で、この家本来の陰気臭さを完全に隠しおおせており、幼稚園のお遊戯会並みの明るさに見せかけていた。
 沙汰達人はひどく気を揉んでいた。主要な人物の殆どがまだ到着していないのだ。主催者である塚本夫妻も、音楽の彩りをつけ加えてくれるはずの尾花たち四人組も、この日の主人公塚本ヤスエすらもいなかった。最も心強い相棒である恋人は、塚本家から大量の料理を運び込んだあと、あとはあんたにまかせるからね、といなくなってしまった。おそらく主人公を捜しに行ったのだろうが、もう一時間が過ぎていた。
 招待客は続々と押し寄せ、六つの部屋は間もなくいっぱいになるだろうと思われた。すべての部屋に薄桃色の布を掛けた仮設のテーブルが設けられ、小粋な花籠と料理が良い具合に並べられていた。蛇の目氏と長男の嫁は六つの部屋をまんべんなくまわって給仕役をつとめており、客たちは概ね上機嫌で飲みかつ食っていた。が、それはそれだけのこと、まだ誕生会でもなんでもありはしない。
 いったい何の祝いなのか、招待客の誰ひとり質問を発しないのが唯一の救いであった。


 〈なおもレペンチスタの胸ぐらを締め上げたまま、俺は小猿に命じた。
「さあ、言ってみろ、自分の名を」
 小猿は再びぴょんぴょん飛び跳ねながら、ハンス、ハンスと十遍も連呼しただろうか、だがそれで止まりはしなかった。やつは黄色い声で嬉しそうに話し出したのだ。
「ぼくの名前はハンスです。ありがとう、あなた。あなた、ゲルハルト、さん。ぼくの名前はハンスです。ぼくはツツカルの者です。ぼくは、人さらいにさらわれて、ほうぼう連れてゆかれました。生きて再びツツカルにまみえるとは、思いもしませなんだ。ああ嬉しい。ありがとう、あなた。ゲルハルト、さん。ぼくはツツカルのハンスです」
「ええとハンス、くんだったね」レペンチスタが苦しい息を吐きながら言った。「ハンスくんはここがツツカルの村だと言うけれど、わたしにはそうは見えないんだよ、とても、つまり、村って感じじゃないもんね、ここ」
 レペンチスタの感想が俺のそれと一致したので、ようやくわずかながら好意が芽生え、胸ぐらを解放してやる気分になった。レペンチスタはぐえっと妙な音を出してよろけたが、ぴょんぴょん飛び跳ねる小猿を追い回し、話しかけた。
「だってね、ハンスくん、村というには家とか人とか、あるいは家畜なんかもいてこそ村だと思うんだよ、わたしは。でもここは、見渡したところただの土があるだけだよ。ねえ、ここがツツカルの村だというのは、きみの勘違いじゃあないのかい、ハンスくん?」
 だが、レペンチスタはそれ以上に小猿を追いかけることは出来なくなった。というのは、何かがヌッと這い出して、レペンチスタの足に触ったからだった。
 何か――それは人間の形をし、裸で、灰色で、無表情だった。そいつの眼はレペンチスタを空気かなにかのように無視し、跳ね回る小猿だけを見つめていた。視線は顔同様に無表情であり、灰色の顔と違って黄色だった。
 レペンチスタはきゃっと叫んで駆け戻り、俺の背後に隠れてしまった。
 円く禿げた土地の周囲から、同じような灰色のものが次々に這い出してきた。やつらは、レペンチスタばかりか俺の存在までも無視し、小猿を囲む輪を徐々に狭めていった。なかのひとりがいきなり小猿の頭をなぐった。小猿は瞬時にそいつの腕を這い上り、肩に腰掛けた。そしてまた喋りはじめた。
「ね? 人はいるのです、たくさん、こんなに。いまぼくを殴ったのは、愛情と心配という感情からなのです。ぼくは人さらいに何度も殴られましたが、それと今のとは違う感情です」
 無数の灰色の手に撫でられたり耳やほっぺたをつねられたりしながらも、小猿は喋るのをやめようとはしなかった。
「人さらいはぼくのことを嫌いました。ぼくがお喋りだといって、とても嫌いました。ぼくは喋るたびに殴られました。それだから喋るのが恐くなりました。人さらいは女の人が一人と男の人が二人で構成されていました。彼らの正式な呼び名は『小悪党組』というのだそうです。でもその呼び名を知っているのは自分たちだけだと言っていました。大きな仕事ができないから少しも名を馳せることができず、したがって正式の呼び名で呼んでくれるひとはひとりもいないのだと嘆いていました。彼らは青いトラックを持っていて、女の人が運転をしていました。ぼくたちは青いトラックに乗ってほうぼう行きました」
 俺は青いトラックという言葉に敏感に反応した。その青いトラックはどこにあるんだ! と思わず叫んでいた。
 灰色の連中が一斉に振り返った。小猿が戻ったことで安心し、小猿をいじくることに少し飽いたのかもしれない。それまで一顧だに与えなかったくせに焦げつくような視線を俺に集中させ、同時にわずかづつ距離を詰めはじめた。とめどなく喋り続ける小猿を肩の上に擁したまま、灰色の塊がじりじりと近づいてくる。無数の、無表情の、黄色い視線で俺を焼き焦がそうとするように。
「あなた、ゲルハルト、さん。あなたがもしあの時、青いトラックを目撃されて、それが今もあの小さな集落にあると期待なすっておられるのなら、とても残念でしたと言わざるを得ませんね。なぜならあの時、川を挟んで、ぼくとあなたがはじめて互いを見たあの時、青いトラックはまもなくどこかへ行こうとしていたのです。人さらいたちはぼくのことを役立たずと罵り、ぼくのことがすっかり嫌いになっていたので、おまえはもう自由の身だ、どこへでも好きなところへおゆき、と申しまして、つまりは体よくぼくを追い払った、もしくは捨てたのです。自分たちはこれからすぐに青いトラックに乗って遠い遠いところへ行くつもりだから、探したり追いかけたりしようとしても無駄だからね、とも申しました。ぼくが不安でぐずぐずしていると、とっととおゆき、と尻をぶつのでありました。だから仕方なく小屋を出て、ちょうどその時、あなた、ゲルハルトさんのお姿を見たのです」
 灰色の塊はすっかり俺を包囲していた。ひとりの灰色がツと手を伸ばして俺に触った。次の瞬間にはすべての灰色の手が俺を触ろうと蠢いた。伸び放題の俺の髪、ぼろぼろになった俺のサファリジャケット、緊張で痙攣を起こしかけている俺の目蓋、日焼けでひび割れた俺の唇にすら手は伸びて、無遠慮に触った。複数の灰色の指が俺の唇をめくり、俺の歯をなでまわした。そいつらも――無意識だろうが――口を開けた。真っ赤に染まった歯が見え、続いて、口中全体が真っ赤なのだと知れた。
 気が遠くなり、ゆっくりと倒れるとき、俺はたぶん微笑んでいたに違いない。なんと皮肉なことよ、と微笑んでいたに違いない。あれほど望んでいた時には遠い幻影のごとき存在だったツツカルが、望まぬ今は目の前に、手が触れるところに存在するのだ。もし、これが本当にツツカルであるならば。
 そして、ツツカルは俺を食おうとしている。〉


「コンチクショ」
 柄にもない悪態が口から飛び出したために沙汰砂子は赤面した。あたりをそっと見回したが、ここには誰もいるはずはなかった。
 このところねぐらにしている四色畑の小屋で、藁人形と格闘中なのであった。塚本ヤスエとぼんやりな若者を象った二体の藁人形の結び目を解き、一体だけを斜面の家に運ぶ心づもりであったけれど、結び目は思ったより数が多く複雑で緊密なのであった。悪態を吐いた拍子に冷静さを取り戻した沙汰砂子は、少し離れて藁人形を眺めてみた。不格好な二体は、見れば見るほど互いに凭れ合い、絡み合っているのであった。別れさせようものならば、崩壊しかねないほど依存し合っているのであった。しょうがないわねぇ。沙汰砂子は二体をいっぺんに抱えてみた。藁人形なだけにそれほど重くはなかった。


 梅ちゃんの本日の寝室もまた、招待客でごった返していた。

 他の部屋はすべて長男の嫁に任せて、蛇の目氏は本日の寝室専属の給仕人に徹することにした。それというのも、この部屋にはとても勝ち気な老人たちが集合していたからだった。蛇の目歯科医院の待合室を茶飲み場として利用している老人たちのなかでも選りすぐりに勝ち気な連中だった。蛇の目氏はにこやかに小皿を配ったりお茶を注いでまわったりしていたけれど、内心は不安でたまらなかった。殆ど他人と接したことのない梅ちゃんが、選りにも選って最高に勝ち気な老人たちと出会ってしまったのだ。梅ちゃんは無事にこの場を切り抜けることができるかしらん? ぼくの目論みは間違っていたのかしらん? ぼくは梅ちゃんに手酷い傷を負わせようとしているのだろうか?

 梅ちゃんはいつもと同じ、寝台に上半身を起こして澄ましていた。

 蛇の目氏の心配をよそに勝ち気な老人たちはそれぞれに闘争心を剥き出し、ギョロギョロとした眼で梅ちゃんの様子を窺っていた。けれども彼らにしたところで梅ちゃんと何を競り合えばよいのか見当もつかずにいたのだ。目の前にはテーブルいっぱいに並べられた料理があった。統一性には欠けてはいるけれど一品一品は心を込めて作られた料理であることは歴然としていた。実に旨そうなのであった。何も競り合う必要などないではないか。老人のひとりがローストビーフを頬張り、んーうまいっ、と唸ったのをきっかけに、全員がわらわらと料理に群がった。このまま盛大で高齢な食事会に雪崩れ込むのかと蛇の目氏が胸を撫で下ろしたとき、梅ちゃんがするりと寝台を降りた。テーブルの中心に据え置かれた大鉢に枯木の腕を差し伸べて、タクアンを一切れ摘んだ。綺麗な歯を剥き出してカリリと噛んだ。素晴らしい音であった。梅ちゃんはおのが美点をよく知っており、勝ち気な老人どもに劣らぬ闘争心を持っていたのだ。

 老人たちの動きが止まった。物凄い緊張が空気を凍らせた。
 タクアンの大鉢はこの部屋だけに用意されたものだった。もちろん蛇の目氏が特別に歯ごたえのあるタクアンをこしらえ、華々しい唐津焼の大鉢に盛り付けたのだ。それというのも、梅ちゃんの最も魅力的な部分を招待客たちに披露したい、有り体に言えば、梅ちゃんの歯を見せびらかしたいと望んだから。蛇の目氏は悔やんだ。ぼくの虚栄心が梅ちゃんを窮地に陥れるのではないかしらん? 
 何本もの枯木の腕が、ローストビーフや桜寒天をかなぐり捨て、タクアンの大鉢に延びた。カリリ、カリリ、カリリ、と鋭い音が部屋に満ちた。
 ひとりの老人がタクアンを鷲掴み、椅子の上に飛び乗った。カリリと噛んだ。老人たちは次々に彼に倣った。あちこちから借り集められた椅子は形も高さもまちまちであったから、うっかりミルクスツールを選んでしまった者は爪先立ちになり、またこの部屋に備わった古びたチェストには五人もの老人が乗っていた。
 けれども梅ちゃんも負けてはいなかった。残ったタクアンを大鉢ごとかっさらい、己が寝台に飛び乗ったのだ。寝台はどの椅子より高いわけではなかったし梅ちゃんはとても小柄であったけれど、威厳と美しさにおいて他の老人を凌駕していた。
 ひとしきりカリリカリリと部屋そのものが鳴り響いているかのようであった。
 音は他の部屋にも届いたから見物に来る者もあった。
 最も遠い部屋で給仕をしていた長男の嫁が義父に指示を仰ごうとやってきたときには見物人を押し退ける必要があった。それに義父は質問に答えられる状態ではなかった。彼は寝台の下に跪き、腕を大きく左右に振って叫んでいた。フレー、フレー、う、め、ちゃん! フレー、フレー、う、め、ちゃん!
 不意に音が途絶えた。最後の一切れが梅ちゃんの歯にかかり、それでお終いになったのだった。

 刺すような視線が脳天に降り注ぐのを感じて、蛇の目氏は振っていた腕を下ろした。振り仰ぐと、老人たちが歯を剥き出し、息を詰めて見下ろしていた、梅ちゃんまでもが。それらは明らかに判定を待つ者の真摯な眼差しであった。何を判定するのか? 蛇の目氏は即座に理解した。どの歯が一番優れているのか、なのだ。蛇の目氏は感激した。梅ちゃんひとりに熱狂的な声援を送った自分に判定を求める老人たちの無邪気さに対して感激したのであった。剥き出された歯をぐるりと見渡した。否、見るまでもなくよく知っていた。いずれ劣らぬ乱杙歯に味噌っ歯、しかし頑健さにおいては梅ちゃんの美しい歯と同等であろう。いったい、しかし、何を基準に判定すればよいのか? それに別の困惑もあった。そもそも団体戦だったのか、それとも個人戦だったのか? ゆっくりと立ち上がり、言った。
「引き分け! 歯は命!」
 一瞬の間をおいて大きな歓声が上がり、拍手が鳴り響いた。入り口にひしめく見物人たちであった。
 蛇の目氏は胸の内で叫んでいた。ねえ、梅ちゃん、これが世間というものだよ。ねえ、梅ちゃん、素敵じゃないか、世間だよ。叫びの一部分は氏の胸の外にも洩れ出した。ねえ、梅ちゃん、世間のなかで生きていこうよ、ぼくと一緒に。
 勝ち気な老人のうち数人がヒュー、ヒューと下品な口笛で煽った。口笛は踊りを誘発した。老人たちは誇らしげに椅子から飛び下り、てんでんばらばらのステップを踏んだ。


 〈ツツカルの貧しい小屋――そう呼ぶのさえためらわれるほど彼らの家は貧しく粗雑だ。小屋があることに俺たちが気がつかなかったのも無理はない。円い地面の縁に沿って点在するそれらは、大きな葉や蔓や腐りかけた木切れを寄せ集めただけのものだ。周囲の密林と溶け合い、そこには何もないに等しい。灰色の連中は気が向けばその中に這い込んで眠る。だがそれは昼間だけのこと。温度が下がる夜には外で眠る。あちこちに焚き火をし、気が向けば虫や木の実を炙って食べ、そのまま眠る。連中が灰色なのは焚き火の灰にまみれているからなのだ。
 連中は四六時中ある種の刺激性を持った実をしがんでいる。口にいれる前は変哲もない緑色だが、噛めば赤い汁を出す。連中の口が赤いのはそのせいなのだ。人喰いと早合点して気絶するなど、俺ともあろうものが不面目この上ない。
 レペンチスタは精力的に活動を始めた。ツツカルに芸術を芽生えさせたい。ツツカルに歌を。ツツカルにダンスを。ツツカルにポエムを。その情熱だけが困難な旅を支え、そのためだけに無用のガラクタを背負ってきたのだ。
 現実のツツカル族は彼の予想を超えて原始的に見えた。彼らの作る小屋は小屋とは呼べず、粗末な食べ物を入れる器もなく、身を飾る小さな腕輪ひとつ作ろうとはせず、狩りをするための武器すら持たなかった。そのことが尚更にレペンチスタの情熱を煽り、彼は嫌味なほどに昂揚した。彼はまずツツカルのひとりひとりとじっくり話をしようとした。だが問題がひとつあった。言葉が通じないのだ。だから小猿を連れて歩いた。すべての小屋、すべての焚き火に座り込み、通訳の小猿を介して話し込んだ。
 小猿が立派な通訳だったとはお世辞にも言えない。それというのも、レペンチスタが「あのね」と言っただけで相手が飛び上がって逃げ出し、丸一日戻って来ないなどというのが一度や二度でなかったからだ。
 それでもレペンチスタの情熱は挫けることはなく、三日と三晩かかってすべてのツツカルを説得したのだ。〉


 赤い軽四輪が斜面の家へ向かって突き進んでいた。
 村道から急激に右折し、強気のアクセルを踏み込んだ。《紫の煙の小径》のこれみよがしな蛇行も当然無視して突っ切り、開けっ放しの玄関に突っ込みそうな勢いで停車した。
 焦れに焦れて階段を降りてきた沙汰達人がそれを見た。ヘッドライトが玄関から廊下へと直進し、その中を走ってくる三つの人影を見たのであった。ひとりは間違いない、愛しの恋人。あとは不様な藁人形。
「こりゃ何のつもりだい」とは言うものの、愛しさと期待とで顔はにやついた。
 愛しの恋人はにべもなく藁人形を放って寄越し、額の汗を艶やかに拭った。
 ふたりと藁人形はもつれ合って階段を昇った。二階の廊下に藁人形を放り出し、一番奥の部屋からチェストをひとつ引っ張り出した。チェストには招待客が四人も腰かけていたのだけれど、ふたりの陽気な追い立てに文句も言わず、開け渡してくれたのだった。
 廊下のどんづまりにチェストを据え、そこへ藁人形を座らせた。
 折りしも月が、雲間から抜け出して、大きな窓から廊下を照らした。不格好な二体の藁人形は月下に恋する男女のように寄り添っていた。
 同じくらいに寄り添って、ふたりはしばし藁人形を眺めた。
 六つの部屋の入り口に人々が集まって、廊下に出現した奇妙なものを眺めていた。
 沙汰達人は、役者は揃いつつある、と感じた。たとえ藁人形が混じっているにせよ、役者は揃いつつある。
 階下から音楽が聞こえてきた。
 ほらね、と沙汰達人は笑い、恋人の肩を抱いた。ほらね、役者は揃いつつあるのさ。
 控え目な演奏に乗って、虎松が歌っていた。


 小部屋の傍を音楽が通り過ぎようとしていた。ハンスは手紙から目も上げずにそれを聞いていた。ひさしぶりだなぁ、と呟いた。手紙の伴奏として耳になじんだその歌は、目を覚ましてよ、おまえ、と歌っていた。目を覚ましてよ、おまえ、空気はこんなに甘いのだから――
 いつになく真剣で、少し控え目な音楽は二階の方へ行くらしかった。


 沙汰達人は軽快に階段を駆け降り、踊り場で軽く両手を広げてカルテットを迎えた。少々気障で自分でも吹き出しそうになったけれど、かまわないさ誰も気にしちゃいない。

 演奏を中断し、尾花が耳元で囁いた。
「ごめんね遅くなって。新曲の練習に手間くってさ」
 残る三人が互いにつっ突きあってくすくす笑った。頬っぺたはさくらんぼ色。
「お誕生日おめでとう、塚本ヤスエさん、だヨ」ふだんの声量に見合わぬ極々小さい声で虎松が言った。
「そう。そういう題名なんだ、新曲」尾花が補足した。
「お誕生日おめでとう、塚本ヤスエさん」四人は実に小さい声で囁き合い、顔を真っ赤にして笑いをこらえているようだった。
 沙汰達人は言った。「じゃ、新曲ってオリジナルなの? そいつは豪勢だぜ」
 四人の胸に思いもかけない言葉が響き渡った。オリジナル曲! オリジナル曲! そして、その言葉に酔い痴れた。
「オーケー、じゃ上に行こう。でもオリジナル曲を演奏するのはもっと後でね。俺がちゃんと合図をするからね、こんなふうに」沙汰達人は小さく鋭く指を鳴らしてみせた。
 カルテットは演奏を再開し階段を上って行った。
 二階の廊下では六つの扉から招待客が乗り出していた。見知った顔の四人の男が、奇妙なことに楽器なんぞ演奏し、耳慣れぬ歌を歌うのを、驚きと好奇心とで目を丸くしたまま聴いていた。


 塚本・父は妻の横顔を盗み見た。輪郭やら皺やらその他諸々の細部が、曇りガラスの引き戸から漏れるぼんやりした明かりを受けて橙色に刻まれ、侵しがたい気高さを形作っていた。自分の顔もできればそのようでありたいと塚本・父は切望した。

 今はもう、斜面の家の荒れ果てた台所を過ぎ、階段にさしかかるところだ。一夜漬けとはいえできるだけのことはしたのだ。あとは可能な限り誠実に披露するまでのこと。

 おお、沙汰家の次男坊が大仰に両手を広げて、おれたちを迎えようと下りてくる。なんとまあ、自信に満ちていることだろう。おれも沙汰家の次男坊程度に自信を持ちたいものだ。が、今となってはもう遅い。妻だけが頼りだ。

 沙汰家の次男坊の背後から、もうひとりの娘がおれたちを見ている。名前も定かでない哀れな娘だ。そわそわと落ち着きがなく、何事か詫びたい様子だ。
「お母さん、ごめんね。ヤッちゃんどこにもいなくって。ごめんね、お父さん、だいぶ探したんだけどいないのヤッちゃん」
 哀れな娘はそう言って、階段を上るおれたちに寄り添う。
 階段を上がり切ったところで、おれたちは立ち止まる。なぜなら、廊下の突き当たりに藁人形が据えてあるのを見たからだ。そこは、誕生日を迎えた娘が座るべき場所だ。待てよ、この藁人形は四色畑の小屋にあるといわれていたやつではないか? 哀れな方の娘が面白いから見に行こうと誘ってくれたが、ついに今日まで見ることがなかった。これがそうか。なるほど不格好だ。こんな場合でなければ腹を抱えて笑いたい。
 妻が低い声で哀れな娘に囁いている。
「いいんだよ、サッちゃん。あれでじゅうぶんだよ。ねえ父ちゃん」
 おれは過度の緊張を気取られないように、ゆっくりうなずいてみせる。
「ああ、よかった。叱られるんじゃないかって心配だったの」
 哀れな娘は心底から安堵したようだ。よかった。おまえには何も悪いところや至らないところなどないのだ。おまえはよくやった。おれは心からそう思う。だが、声に、言葉にすることができない。おれはふだんの言葉を口に出すような状態ではない。なぜならおれと妻はこれから一勝負しなければならんからだ。やるべきことがすべて終わったら、おまえの淋しさ、おまえの心配事、おまえの――もしあるとすれば――我が儘を、一切合財まとめて受けとめてやるよ、哀れな娘。不思議なことに、粗末な藁人形が、そう悪いものじゃないと思えてきた。あれはおまえが用意したものだ。おまえの困り果てた顔と、そのあとに閃いた機智が手に取るようにわかる。妻もそう感じたのだろう、たぶん。ところで、おまえの誕生日はいつなのだろう。それも、すべてが終わったらはっきりさせることにしよう。そして、おまえの誕生日もいずれ盛大に祝うことにしよう。
 だが、今はその時ではない。沙汰家の次男坊が気取って指を鳴らしたのを合図に、四人の男が音楽を始めた。
 誕生日の祝いが、今、はじまったのだ。


    お誕生日おめでとう 塚本ヤスエさーん


 虎松が太陽みたいな声で歌い出した。その声にも歌詞にも、もちろん伴奏にも、翳りや曇りは微塵もなく、今日の主催者たる塚本夫妻の重々しい雰囲気とはまるでそぐわない、つまり、ノーテンキそのものだった。

 表情ひとつ変えたわけではなかったが、塚本・母は虎松の歌声に驚いていた。なんとまぁ、虎松つぁんが歌っているではないか。あのひとたちはヤッちゃんのためにわざわざ歌を拵えてくれたのだ。なんて晴れがましいことだろう。沙汰さんちの次男坊はあたしらのために内緒で楽隊を用意してくれたのか。本物の楽隊じゃないにしても楽器は本物らしいし、なんといっても虎松つぁんは声が良い。沙汰さんちの次男坊はなんて親切なんだろう。楽隊が歌いながらあたしらの後ろをついて来る。両側の扉からは、なんとまぁ、思いがけずたくさんのお客さんがあたしらを見ている。それにしても大変な人数だ。口下手の父ちゃんにしては上々出来。飾りも立派に仕上がっていて、心が浮き立つようだ。なにしろ、本物の楽器から出る本物の音をこうも間近に聴いたのははじめてだ。体がびりびりするほど良い。肩凝りが軽減する効果も期待できるかもしれない。なんてことを思いながらゆるゆる前進していたら、なんとまぁ藁人形の前に到達してしまったよ。

 塚本・父は藁人形の前でお辞儀をしようとして、はたと止まった。おれたちは、用意してきたものを、藁人形に見せるのか? 娘でなく? 誕生日の催し事に極端なまでにこだわりを持つ娘の到着を待たずに? 妻の顔を見た。妻は平然とおれを見返している。即刻はじめろと言いたげである。確かに、娘を待っていたら、おれたちの気分は徐々に低下し、取り返しがつかないほどやる気が失せるにちがいない。

 ふたりは藁人形に向かって深々とお辞儀をした。
「本日はおひがらもよろしゅう」塚本・父が頭のてっぺんから突ん抜けるような声を出した。
「ヤッちゃん、お誕生日おめでとうござりまする」負けじと塚本・母もきんぴかの声を張り上げた。
 招待客のなかからいくらか失笑がもれたが、ふたりはまるで気にしなかった。
「まかりいでましたは、父ちゃんと」
「母ちゃんにござりまする」
「あんたさまのお祝いに、われらふたり」
「祝い萬歳をいたしまする」
「お耳汚しではござりましょうが」
「どうぞご笑覧くださりまっせー」

 見物たちは当惑し、シンとした。萬歳だって? あの、どちらかといえば愛想のない塚本さんちの夫婦が、萬歳? おおかたの招待客はこの催し全体の意図が塚本ヤスエの誕生日の祝いであることを今はじめて知ったのだった。だが、そう理解した矢先に新たな疑問と危惧が生じたのだ。当の塚本ヤスエがいないではないか。そのうえ、青ざめた仏頂面の塚本夫妻がキテレツな声を上げ、藁人形に向かって萬歳を披露するという。これはなにかの罠ではないか? 自分たちはわけもなく浮かれて懐中電灯を持って集まったが、のっぴきならない場所にはまり込んだのではなかろうか? 

 周囲の困惑にまるきり関係なく、塚本夫妻は開始した。
「ときに母ちゃんや」
「はいはい」
「鶴は千年、亀は萬年というが、ヤッちゃんはいくつにおなりかえ?」
「三十と七つにおなりでござりまする」

 出だしは好調だと塚本・母は感じた。目の前に本物のヤッちゃんがいないと安心して稽古の成果を出すことができる。が、反面すこし寂しくもある。なんだか物足りない。ヤッちゃんの、あのらんらんと光る眼が、ある時はあたしらを威圧しすぎてトチリや失敗を誘発したものだけれど、実力以上の技と度胸を引き出したことも多々あったっけ。ヤッちゃんはいない。まだ来ない。父ちゃんが仕掛けをした鴨居の垂れ幕は、作動しなかったのだろうか。が、今さらそんな心配してもしょうがない。もう、あたしらははじめてしまったんだから。

「ハテ、三十と七つとは、おめでたいではないかいな」
「そりゃまたなぜに」
「七は七福神の数だわな」
「七福神ね、そりゃめでたい」

 見物連はいよいよ困惑の度合いを深めていた。なぜなら、祝い萬歳をやると宣言した塚本夫妻に、それをはじめる気配はまるでなく、、妻は髪振り乱して人語とは思えぬ叫びを上げつつジグザグに走り回っているだけであり、夫はといえば一つ処にじっとしてはいるものの極度に硬直した短躯をカタカタカタと震わせて、壊れかけた機械めいた音を発しているだけではないか。これは罠なんぞという生易しいものでない。浮かれ騒いで懐中電灯などを持って集まった自分たちは、地球滅亡の最初の目撃者となり、また当然ながら最初の犠牲者となるに相違ない。

「ときに母ちゃんや」
「はいはい」
「ヤッちゃんのお顔はどんなお顔でしたろか」
「目鼻があって口があり、そりゃよく動くお顔でござります」

 まったく問題なく、とてもいい塩梅に進行していると、塚本・父は感じた。一夜漬けで拵えたにしちゃ上出来ではないか。一言も間違わず、母ちゃんもおれも絶好調だ。しかもこれはただの萬歳ではない、ニワトリと扇風機が萬歳をしている状態を高度に表現しているのだ。この秀逸なるアイデアに到達するまでに、おれと母ちゃんは真夜中の畑で延々と議論をしたのであったが、それも今となっては楽しい思い出だ。いや、もちろん、ニワトリと扇風機というモデルがあまりに卑近なものでありすぎるという批判なら甘んじて受よう。言い訳めくけれども、ほんとうに時間が足りなかったのだ。だが、母ちゃんはニワトリの役をとても気に入っており、おれはおれで小柄な扇風機に並々ならぬ愛着を感じているから、この選択は正しかったと信じている。それにしても、くすりとも笑いが起こらないのはいったいどうしたわけなのだろう。

「目鼻と口が動くとな、そりゃめでたい」
「なにがめでたい?」
「福笑いではないかいな」
「なるほど福笑いとはおめでたい」

 もしも鋭敏な耳と想像力過剰の脳を持つ者がいたならば、塚本・母の叫びはコケッコーやコッコッコに、塚本・父の発する音はギチギチギッチョンなどと聞こえたのかもしれない。が、この夕べ、ここに集まった招待客のなかにはそういう耳と脳を持つ者はひとりもいなかったのだ。

 沙汰達人もまた、そういう耳と脳を持ってはいなかったが、今目の前で起こっていることを地球滅亡の予兆と解釈するほど悲観的でもなかった。ただ、短い間であっても今日という日のために苦楽を共にしてきた塚本夫妻を、この苦境から救い出したいと切望した。方法は一つしか思いつかなかった。指を鳴らしたのだ。

 あっけに取られて塚本夫妻を見ていた尾花のこめかみに、ピリリと刺激が伝わった。考える間もなくギターを鳴らした。滑稽なリズムが飛び出した。およそナポリタンらしからぬ音楽が、チャンチキチ、ツンツルテン、エイヤッホイッと伴奏をはじめたのだった。


 〈ある美しい夕刻、いくつかの焚き火の中央に立ち、レペンチスタが合図をした。
 ツツカルたちが集まってきた。だらけた態度であり、相変わらずの無表情であったが、約束を違えない程度の分別は持っていたのだ。
 レペンチスタはガラクタをすべて身につけて扮装していたから途方もなく滑稽な姿であったし、尊大な表情を隠そうともしなかったから、かなり嫌な感じだったけれども、ツツカルたちは何の反応もせず、ぼんやりと彼を見ていた。
 レペンチスタは演説した。もちろん通訳は小猿であるからどんなふうに伝わるか分かったものではない。が、とにかくレペンチスタは演説した。
「えー、ツツカルの諸君、お集まり願ったのは他でもない。わたしは本日これから諸君に芸術の何たるかをお教えしよう。もちろん、芸術を一夜にして理解するのは無理だろうから、今日から徐々に、噛んで含めるように教えるつもりです。つまり、わたしは、きみたちツツカルという土に芸術の種を蒔くわけなのです。種は芽吹き、成長し、やがてたわわに実ることでしょう。だが、すぐというわけにはいかない。おそらく、収穫までには十年の歳月が必要と思われます。ツツカル諸君、気長に精進してくれたまえよ。もちろん、わたしは、きみたちの芸術的成長に手を貸し、時には悪い芽を摘み取ったりなどもして、気長に見守ってゆくつもりです。さあ、ツツカル諸君、共に目指そうではないか、芸術の収穫のその日を!」
 レペンチスタは自ら発した言葉に酔い、次第に興奮していった。
「さてさて、きみたちは知らないだろうが、芸術は美であり、歌であり、ダンスであり、ポエムです。芸術はとても難しい。けれど、わたしは芸術のすべての要素を持ったひとつの作品を用意しています。これをよく学べばきみたちも芸術を理解できるようになり、芸術的な人生を送ることができるでしょう。わたしは今からたったひとりでその作品を演じます。しかし、君たちはこの作品をただ楽しんでくれては困ります。わたしはただお手本をやって見せるだけですからね。明日からは君たち自身がこの作品のいろいろな役を演じるべく勉強しなければならないのだよ。こういうのをワークショップといいます。ただの見せ物じゃないんだよ。ワークショップです、わかったね? 自分が演じているつもりで、しっかり見ていてくれたまえよ」
 レペンチスタはひとつ咳払いをすると、傍に控えていた小猿に言った。
「じゃ、よろしくねハンス君。わたしが韻を踏んだところは君も韻を踏まなくちゃいけないよ。わかったね?」〉

 ハンスは飛び上がった。韻を踏めと? ツツカル語で韻を踏めと? が、命じられたのが自分でないことに思い至り、胸を撫で下ろした。
 それはともかく、ハンスはとても気になった。ハンスと名づけられた小猿とは、いったいそれは、言葉を知ってしまったサルなのか、それともサルによく似たヒトなのか。どっちにしろ体を半分がた乗っ取られたような心もとない気分であった。

〈こうしてレペンチスタ作・四幕詩劇がはじまった。〉


 塚本夫妻は弾んでいた。とっても調子が良いではないか。妙ちきりんな楽隊がお囃子方を買って出て、チャンチキチ、ツンツルテン、エイヤッホイッとやっている。心も弾む身も弾む。これに乗らずにおくものか。ねぇ父ちゃん。そうとも母ちゃん。ふたりは仏頂面のまんま頷きかわしたが、むろん心は花舞台。

「ときに母ちゃんや」
「はいはい」
「ヤッちゃんのお人柄はいかがかえ?」
「そりゃもう自由闊達なお人柄。たとえるならば石川五衛門」

 陽気なお囃子の助けもあって、見物たちはやわらかく心を開きつつあった。塚本夫妻は相変わらず意味不明の奇声を発しながら脈絡もなく動き回っているけれど、どうやら地球は滅亡なんかしないらしいから、まあ、こうなったら手前勝手な思い込みで笑い興じるが上策だ。見物たちは腰を据えて楽しむことに決めたらしかった。

「なんと五衛門とな、そりゃ大泥棒の頭目ではないかいな」
「はいはい。ヤッちゃんは手下こそいないが、ひとり山野を跳梁跋扈、まるで五衛門が憑いたようでござります」
「そりゃまためでたい」
「どこがめでたい」
「鯛でなくとも、オカシラツキ」

 塚本・父はギチギチギチと鳴きながら、ゴトンと横倒しになってみた。一瞬身を引きかけた見物から、どっと笑いが起こった。塚本・父は喜びに震え、ひときわ高くギチギチギッチョンと鳴いた。これはまったくの即興だった。実は少々悔しかったのだ。妻のニワトリ言語は稽古のときよりずっと磨きがかかり、うっかりすると塚本・父の耳にすら意味不明な叫びに聞こえるほどだったから。

 おや、父ちゃんもなかなかやるもんだ、と塚本・母は舌打ちした。けどね父ちゃん、コケて笑いを取ろうなど、あんまり上等とはいえないね。あたしはまっとうにニワトリを追求することに決めているよ。ああ、それにしてもヤッちゃんはどうしたんだろう。もしヤッちゃんがここにいたならば、あたしのニワトリを絶賛したかもしれないのに残念だ。ヤッちゃんは、人語を解することでは人並み以下かもしれないが、独特の耳と心を持っているのだ。

 塚本・父もまた、娘の不在を残念に思っていた。観客としての娘は、どちらかといえば気難しく、今日の招待客たちのように程よく笑ったり程よく気持ちを添わせてくれたりはしなかった。が、真剣は真剣だった。思えばある年の今日、おれと母ちゃんは『尻取りを歌いながら行進』と名づけた出し物を演じた。ひと月ものあいだ稽古して練り上げたこの出し物はおよそ十分で終了した。その後の十五分、演じたおれたちと唯一人の観客である娘との間を気まずい沈黙が支配した。当時十七歳であった娘は青ざめた顔のまま、そんなものをひとに見せてどうするっ、と叫び、さっさと自室に引っ込んでしまった。質素ながら心を込めた母ちゃんの料理にもほとんど箸をつけぬままであった。こんなことが一度や二度ではなかった。また別な年の今日、おれと母ちゃんはやはりひと月ちかく稽古して『馬のおつむと鹿のおむつ』を演じたが、緊張のあまり、はじめてすぐにおれが段取りを間違えてしまい、慌てた母ちゃんが軌道修正をはかってさらに事態を悪化させ、おれたちは否応なく悪あがきの泥沼にはまり込んでいった。何一つ表現できぬまま疲れ果てて座り込んだとき、料理を蹴散らして娘が卓袱台に飛び乗るのが見えた。おれたちは覚悟した、痛烈な罵倒と、もしかしたら鉄拳を。互いをかばうように固く抱き合い、目を瞑った。次の瞬間、頭上から娘が降ってきた。娘は乱暴に、そして熱烈におれたちを抱擁しているのであった。感激の涙で汚れた顔を、おれたちの顔といわず腕といわず擦りつけ、ひとしきりそうした後、おのが足で蹴散らした料理を食べはじめた。おれたちは抱き合ったまま呆然と、二十四歳になった娘が無言で料理を平らげてゆくのを見ていた。こんなことも一度や二度ではなかった。その娘が、今はいない。だが、残念がるのはもうよそう。思いがけなく大勢の招待客が、こうしておれたちを見ていてくれるのだから。それにまた、沙汰家の次男坊が陰から俺たちを見守ってくれている。あの指がいい。小さくて鋭い音を出す。小気味のいい音だ。あの男、ちょっと気取るのが玉に傷だが頼りがいのあるやつだ。哀れな方の娘の婿にどうだろうか。あとで母ちゃんに相談してみよう。

>「ときに母ちゃんや」
「はいはい」


 〈このようにして、レペンチスタの独り芝居は終了した。それがどのようなものであったか知っているのは、夜更けに瞬く満点の星々と俺だけなのだ。なぜなら、上演がはじまって間もなく、ツツカルどものおよそ半数が倒れ、さらに少し進んだころには、まだ倒れていなかった者のうちのおよそ半数がじりじりと尻で後退しはじめ、ちょうど良い具合に焚き火がひとつまたひとつと消えていったために、彼らの不審な動きはめだたないものとなり、結局彼らは密林へと逃れ去ったのだ。そして、逃走を試みるほどには努力家でなかった残りの連中は、なんの工夫もなくその場に倒れ伏したのであった。時折り聞こえる低い呻きや苦し気な溜め息から想像するに、不条理な悪夢に責められていたに違いない。
 さて、レペンチスタ作・四幕詩劇がどのようなものであったか。そうだな、ハムレットとカルメンとオイディプス王を適当な大きさに切り、よく練ったトリスタンとイゾルデは手で千切って、これらをよく混ぜ合わせ、たっぷりのサロメを加えて火にかけ、くらくらしてきた頃合いに、筋を取ったマクベスも投げ入れ、全体に何が何やら見分けがつかなくなったら摺りおろした魔弾の射手も加えてひと混ぜしたようなもの、つまり、煮過ぎたごった煮のようなものだ。おまけに、塩と胡椒を入れ忘れたのだろう、味もそっけもない、ただ長い、長過ぎるというしろものであった。
 にもかかわらず、予告通りに翌日からワークショップなるものが開始された。
 意外なことにワークショップは大盛況だった。すべてのツツカルが参加の要請に応じたのだ。が、何一つ理解していなかった彼らは当然、優秀な生徒ではなかった。レペンチスタは猛然とスパルタ教師に変じた。熱意というやつは、時として凶暴な側面を見せるものだが、レペンチスタは凶暴なうえに細かくもあった。教えた通りに出来ない者には容赦なく拳固をふるい、手の上げ下ろしからちょっとした目線の動きまで徹底的に指摘し、叱り飛ばす。だがツツカルどもも負けてはいない。スパルタ教師の言うことなどどこ吹く風、相も変わらぬ無表情のまま淡々と演じている、否、演じているというよりも、ただ勝手気儘に遊んでいるのだ。
 レペンチスタは頭を抱えてうずくまることもある。疲れ知らずの熱血教師といえども時折りはおのがが無力に悩むこともあるのだ。無理もない。ツツカルどもの無知と無理解によって、長大なるレペンチスタ作・四幕詩劇はワークショップ三日目にして既に崩壊の危機に瀕しているのだから。
 今もそうしてうずくまっている。が、いつもとは少し違う。何やら呟いているのが聞こえる。
「わたしが教えもしないことを彼らはやっている。これはもうわたしの作品ではない。彼らはなんといきいきとしていることだろう。なんと無邪気に名優であることか。それに較べて、わたしはなんと傲慢な人間だったろう。わたしは芸術の種を蒔くつもりでいた。そして十年の後、芸術のたわわな実りを収穫するつもりでいた。けれど、これは、これはわたしの蒔いた種ではない。ツツカルは、わたしと出会うずっと以前から、たわわに実っていたのだ」
 俺は優しく彼の背中を撫でてやるとしよう。この先、彼はツツカルの無邪気な名優たちから多くのことを学ぶだろう。ツツカルもまた彼を愛するようになるだろう。
 俺とレペンチスタの美しい気持ちの交流も知らず、ツツカルどもは大騒ぎ、滅茶苦茶な芝居を続行中だ。
 ところで、小猿は大忙しだ。通訳を命ぜられただけでなく、重要な役の一つを与えられているからだ。小猿は嬉々として任に当たっている。つまり、やつはのべつ幕なしに喋っている。
 今も、「旅に出たのはよいけれど、いったいここはどこかしら。すっかり道に迷ってしまったわ。あれ? 道らしい道もないこんなジャングルで、道に迷ったという言い方は変かしら。じゃあ、こういう場合、なんて表現をすればいいの?」などとくだらない独白を垂れ流している。若き王妃の役を演じているにしては、ぴょんぴょん飛び歩くのが実に見苦しい。
 そこへ、奇ッ怪なる叫びを上げて、三名のツツカルが小猿=若き王妃の前に立ちはだかった。もちろん、こんな場面はレペンチスタの作品にはないのだが。
「やあ、お嬢ちゃん、たったひとりでどこ行くの?」と小猿が杜撰に通訳した。
「どこって、あてのない旅よ。ほんとはあてのある旅だけど、見るからに怪し気なあんたたちに教えるわけにはいかないの」と、これは小猿=若き王妃自身の科白だ。
「ここで出くわしたのもなにかの縁だ、ちょいとあんたをさらわせてもらうよ」と、凄んだつもりのツツカル一。
「おれたちゃ小悪党組っていうんだ」とツツカル二。この男、ツツカルにしては珍しく肥満しており、ズルリ、ゾロリとだらしないのが印象的だ。ゼイゼイ息を弾ませてさらに言う。「これまで小粒の悪事を重ねてきたが、大きな仕事ができないものだから少しも名を馳せることができなくて困っていたんだよ」
「でもここであんたをさらえば、あたしらも立派な悪党さ」と、これは女のツツカル三だ。
「恩に着るぜ、お嬢ちゃん」と、気取ったツツカル一が小気味良く指を鳴らした。
 それを合図にツツカル二、ズルリと近づき、小猿を担ぎ上げようとしたのだが、
「じゃあ感謝の印を見せてちょうだい」と、小猿=若き王妃が飛び退いた。
 三人は驚いて、「なんだって?」
「感謝の印よ。だっていま、恩に着るぜって言ったでしょ?」
 ツツカル二がもぞもぞして架空の何かを差し出した。
「わぁお!」架空の何かを受け取った小猿=王妃は、それを撫でまわす仕種をして、「大きくて白くてふかふかして、なんておいしそうなの」
 なんだって? 大きくて白くてふかふかして、おいしそうなもの? いつかどこかで似たようなものを見はしなかったか?〉
 もちろんハンスは、それを見たことがあった、否、見たわけではなかったけれどよく覚えていた。ユリスが忽然と消えたあの日、小猿が発見したものだ。密林の下生えにひっそりと存在していたそれを、ゲルハルトさんは確か、「饅頭のような」と表現した。
〈「それは饅頭というものだよ」とツツカル二が言った。「きのう、おもに、おれが作ったんだ」
 小猿=王妃はぴょんと飛び上がり、「きのう? きょうでなく、きのう?」と叫んだ。
 それには答えずツツカル三が進み出て、「あのね、お嬢ちゃん、あたしたちみたいなグループにはさ、なにか特徴のようなものが必要でしょ? トレードマークっていうのかしら? そのお饅頭は、あたしたち小悪党組のトレードマークってわけなのよ。仕事先でそれをそっと残してくるのよ、素敵でしょ?」
 小猿=王妃は大声で丁寧にくり返した。「きのう? きょうでなく、きのう?」
 ツツカル一が気障な様子でクルリと回り、ポーズを決めてこう言った。「大きな声を出すと恐い目に会うよ、お嬢ちゃん。その男はね」と、ツツカル二を指差して「ズルリ、ゾロリと間抜けなやつだが、饅頭作りは天下一品。その饅頭はな、でかいだけじゃないんだぜ。絶品にうまいんだ、とくに餡こがな。なにしろ、そんじょそこらの饅頭とは材料が違うんだ材料が」
 小猿=王妃は地団駄を踏んだ。「きのう? きょうでなく、きのう?」
 照れくさそうにツツカル二が進み出た。「餡こはね、おれなりのこだわりがあるんだよ。やっぱり上等の大納言小豆にかぎるね」
 小猿=王妃は爆発した。「きのう? きょうでなく、きのう?」
 情けなくもツツカル二、半泣きになって、「なにをそんなに怒ってるんだい、お嬢ちゃん。その饅頭は確かにきのう、おもにおれが作ったんだよ」
 それを聞くや、小猿=王妃、手にした大きな饅頭を、汚いものでもあるかのようにポイと投げ捨てたのだ。慌てて拾おうとするツツカル二の手をピシリと打って、さらに言った。「そんな日の経ったものを王妃のあたしが食べると思う?」
「なんだって?」とツツカル三人。
 小猿=王妃は丁寧にくり返した。「きのう? きょうでなく、きのう? そんな日の経ったものを王妃のあたしが食べると思う?」
「ただの小娘かと思っていたが、なんと、おれたちゃ王妃様をさらうのだ。こりゃ豪勢だぜ」と、ツツカル一が浮かれて踊り出した。
 ツツカル三はやや慎重な人間だった。「あんたが王妃様だって証拠はあるの?」
「あたしが王妃! 王妃はあたし!」と小猿=王妃は叫び、「今すぐここで、お饅頭を作りなさい!」と命じた。
 三人は困り果て、あろうことか逃げ出そうとした。
 小猿=王女は小動物の敏捷性を発揮して三人の前に回りこみ、「なぜ逃げるの?」
「なぜって、王妃様、もう饅頭の材料がないんだよ」と、投げ捨てられた饅頭を悲し気にみつめ、ツツカル二が言った。「あれが最後の一つだったんだ」
「じゃあ、お饅頭の材料を探しましょう!」
 と、駆け出す小猿=王妃を引き止めて、ツツカル三がこよなく優しく言ったのだ。
「でもね、王妃様、お饅頭の材料はこのあたりにはないのです。それは遥かな旅路の果て、小さな小さな異国の空の下――」
 小猿=王妃が遮って、叫んだ。「それがどんなに遠くても、絶対に絶対に行くの! さあ、お饅頭の材料を求めて、いざ出発!」
 小猿=王妃は三人の腕をひっつかみ、強引に出発した。小猿=王妃は人さらいに連れ去られたのでなく、連れ去ったのだ、人さらいを。
 投げ捨てられた饅頭は、密林の下生えに残されたまま。
 ツツカルどもの馬鹿げた芝居が、俺にちょっとした手がかりを与えてくれた。思うに、ユリスよ、おまえももしかしたら、誰かに連れ去られたのではなく自らの意志で――
 だが、俺の物思いも、そしてツツカルどもが演じる大騒ぎの猿芝居も続けることはできなかった。ユリスよ、なぜだと思う?〉

 なぜだろう? ハンスは次の手紙を読むべく木箱を探った。だが、木箱は空っぽだった。ハンスのまわりには読み終えた手紙が散乱していたが、木箱は空っぽだった。
 これが最後の一通なのであった。
 終わった――ハンスは放心した。ついに読み終わったのだ。しばし解放感を味わった。

 それから、生真面目な顔つきで手紙を掻き集め、封筒の右肩に記された番号に従って少しづつ木箱に納めていったが、頭の中は、なぜだろう? でいっぱいだった。なぜだろう? このあとなにかが起こったのだろうか、きっとそうだ、なにが起こったのだろう? それに、ちょっとした手がかりってなんだろう? ああ、とても気になる。でも、でも手紙は終わってしまったのだ。
 手紙をすべて木箱に納め、蓋をした。

 死んでしまったゲルハルトさんに文句を言うつもりはさらさらないけれど、こんなところで終わってしまうなんてあんまりだ。せめて、ちょっとした手がかりについては、もうすこしくわしく書いておいてほしかった。

 運び込んだときと同じように、木箱にロープをかけた。この木箱と中身は塚本さんにとってとても大切なものなのだ。返しに行かなければ、と思った。が、塚本ヤスエ本人に会うのはためらわれた。手紙をすべて読み終えたことが知れたら、行方不明のあたしはどうなったんだ、と追求されるに違いない。それはさけたかった。なにしろ何ひとつ解っちゃいないのだ。

 真夜中になったら、こっそり運び出し、あの川っぷちへ置いてこよう、と思った。そしてそのまま旅立つのだ、当てもないユリス捜索の旅へと! ああ! なんて頼りなく、悲しいことだろう。当然ながら、ハンスは涙に溺れていた。
 だが、真夜中にはまだ間があった。
 ハンスは横になり、眼を瞑った。頭の中では悲しみとともに先刻の疑問がぐるぐるまわっていた。なぜだろう? あのあと何が起こったのだろう? 手がかりってなんだろう? が、やがて、眠ってしまった。

 二階からは何やら賑やかな音と楽し気な気配が降り注いでいたけれど、手紙を読むことと泣くことで疲れ切ったハンスの眠りを妨げることはなかった。


 うん。この催しはかなりいい感じに進行しているといってもよい。うん、全体としてすごくいい感じだ。見物人に混じって、沙汰達人は幾度となく満ち足りた笑みをこぼしていた。古くて新しい恋人はおれの胸にもたれ、ああ、楽しい、すごく楽しい、とくり返している。今はどちらかといえば新しい恋人的で、時折り、ああ、まるっちょが一緒だったらよかったのにどこほっついてんだろあの間抜け、などと言ったりするのが少し気になるにせよ、愛しの恋人であることに変わりはない。塚本夫妻が何をやっているつもりなのかは、結局わからないままではあるけれど、招待客は皆やんやの喝采をしている。このおれも拍手と声援を投げかけずにはいられない。思うに、これは、塚本夫妻と見物客が共同で作り上げた希有な幻なのだろう。そして、そう、ナポリタン・カルテットの働きを忘れてはならない。いつだったかあれほど悩んでいた尾花さんも今は自信に満ちて格好よく、彼らの音楽は変幻自在、まるでサーカスの楽隊のようではないか。

 塚本・母はそろそろ頃合いだと判断し、懐から扇を取り出した。バッと開いた。金色の大きな舞い扇だ。
 それを見た塚本・父はポケットから何やらつかみ出し、パッと頭上に振りまいた。金紙で拵えた紙吹雪であった。
 塚本・母の舞い扇が、それを扇ぎ上げた。
 金の雪が、さんささんさと降る中を、ふたりは寄り添うて練り歩いた。
 ヤッちゃんはとうとう現われなかったねぇ父ちゃん? そうだな母ちゃん、もうおれらの出し物は終わろうとしているなあ。そうだねぇ父ちゃん、ヤッちゃんにも見せたかったねぇ。まあいいじゃないか母ちゃん、おれはたった今気がついたんだがね、おれらはおれら自身のために毎年出し物をやってたんだよ。確かにね父ちゃん、ヤッちゃんのためにやってるんだとばかり思ってたけど、いつだってあたしら自身のためだったんだねぇ。
 ふたりの後を楽隊が、のびやかに、おめでたく、誕生日おめでとう塚本ヤスエさーん、と着いて歩いた。
 見物たちは皆、懐中電灯を点灯してふたりを照らし、あるいは頭上で大きく振った。天井を飾った金銀モールも万国旗も、夢のように煌めき揺れた。
 喜びにはち切れんばかりのこの場所は、まるで希望を満載した船みたいに揺れている。乗るかそるか。船ならば、乗るこった。勝ち気な老人の一団が、美しい老婆を担ぎ上げ、塚本夫妻を取り囲んだ。美しい老婆は婉然と微笑み、ふたりを見下ろした。
「こりゃまァ弁財天じゃあないかいなァ」
 塚本夫妻がそう言って、大量の金の雪を浴びせかけた。

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